金融分野の新サービスの在り方などについて、金融業界だけでなく流通業界でも議論が活発になった。
同時に当時はバブル崩壊で金融業界は不良債権処理に追われていた。
97年にはS証券、北海道拓殖銀行の破綻と、S証券の自主廃業が続いた。
不良債権処理のために銀行が取り組まざるを得なかったのが、不採算支店の統廃合だった。
預金者との接点となる支店、ATMの拠点が減りつつあった。
銀行の前線基地の縮小は、新たに金融事業を立ち上げようとする流通業界には追い風でもあった。
この年の夏に大蔵省(当時)が一通の通達を銀行業界に伝えたことも大きかった。
出店や営業時間など厳しく規制してきたものを事実上、自由化する内容だった。
「営業形態が多様化すれば消費者のメリットも出てくる」。
誰もがそう思った。
まさに金融業界に激震が走っていた97年、SではSの指示でATM設置のための研究が始まった。
コンビニは阪神・淡路大震災などでライフラインの一つとして存在意義が認められていた。
金融を手がける社会的評価は熟しつつあった。
「S」のサービスに「金融」の2文字が入ればさらに信用力、企業イメージが高まるという判断があった。
Sの料金収納代行は年間約5千件、金額で約4千億円を超えるようになっていた。
研究会は98年初めに「ATM検討プロジェクト」に格上げされた。
当初は社内的な研究会にとどまっていたが、99年春にはY堂やSと密接な取引のあるさくら銀行(現M住友銀行)、S銀行(現M東京UFJ銀行)などYをメンバーに加えて「ATM研究会」が発足し、本格的な議論がスタートした。
社内での研究では、SがATMを設置する以上は幅広い金融機関と組んで消費者の利便性を高めることが絶対条件になっていた。
一方の銀行側は、「S」の店内にATMが設置され預金者が24時間いつでも利用できる仕組みができれば、営業拠点として活用したいと考えるのは当然の成り行きだった。
銀行は店舗統廃合を加速させていたから「ATM研究会」への参加はまさに渡りに船だった。
実はこの時点で、S自身も研究会のメンバーも、Sが自前で銀行を設立することは検討していなかった。
Sのお家芸である、社外の経営資源を徹底的に活用するアウトソーシングを基本に考えていた。
SとYとの話し合いは最初からかみ合うことはなかったという。
金融のずぶの素人であるS側から投げかけられる疑問や提案は銀行側にとって「あっけにとられる内容が多かった」(参加行幹部)。
「なぜ、銀行のATMの利用料金は平日の昼間は無料なのに、日曜日や深夜になると手数料がかかるのですか」と、S側が質問すると、銀行は「機械の維持費だ」と答える。
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